悪魔の微笑み


読みかけの本を、パタリと閉じる。
目を閉じて耳を澄ませば、消しきれない足音が1人分。
拙い忍び足は、この部屋の前でピタリと止まった。
躊躇うような気配に、目を閉じたまま小さく笑い、こちらも音を立てずにドアへ歩み寄った。
幸いにも長老は不在―いや、忍び足の主は、ソレを知っての訪問だろう。

「…まったく、何度言っても聞かないね、君は」

出し抜けにドアを開けて言えば、それはもうビックリした表情のロゼットが立っていた。


「酷いじゃない!心臓が止まるかと思ったわよ!」
招き入れた彼女は、涙目のままで抗議してきた。
それを苦笑で諌めつつ、機嫌を取るように入れたてのホットミルクを手渡した。
「ああもう、まだ心臓がバクバク言ってる」
胸に手を当てるロゼットの姿に、さすがにやりすぎたと反省する。
誰にも見つからないように、神経尖らせて警戒しつつこっそり訪ねて来て、それでいきなり返事も何も無しに忍び込む予定のドアが唐突に開いて声を掛けられれば、誰だって心臓が止まるほどにビックリするだろう。
だが、彼女がそうまでしてここに訪ねて来てくれた事は、素直に嬉しい。
「ごめん、ロゼット。…でもこんな時間に来る君も、悪いんだからね?」
見つかれば、シスター・ケイトのお説教に反省文だけで済むかどうか。
「だって」
ホットミルクを啜りながら、ロゼットはこちらを上目遣いに見て呟いた。
「1人の夜って長くて、つまらないでしょ?
今夜、長老は出張だって聞いたし。クロノは独りでどうしてるかなって思ったら、なんとなく…」
そう続けた彼女の言葉と、薄く染まったその頬に、急速に湧き上がる暖かな感情。
喜びが微笑みとなって、口元を緩ませた。
でも照れくさい想いが邪魔をして、ちょっとだけひねくれた言葉が口から零れる。
「そう言う君こそ、ベスが居なくなって、一人で部屋に居るのが寂しくなったんじゃない?」
途端に、赤い顔で否定の言葉を喚き出す彼女に、今度は声を出して笑った。
どうやら照れ隠しに言った言葉は、意外と図星だったらしい。

そうして、彼女に睡魔が訪れるまで。
独りの寂しいはずの夜は、彼女と共に賑やかく更けていった。

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