子どものように笑って


「急にどうしたの?」
問答無用で連れ出された場所は、初めて彼女に出会った場所に良く似た、山間の湖。
その畔に座り込み、澄んだ湖を見つめ続けるロゼットは、ここに来る前からずっと黙ったままだった。
何かあったのは明らかだ。
気丈な彼女は中々言い出せずにいたようだが、優しく微笑んで促すと、その抱えた脚に顔を埋めてポツポツと話し始めた。
「時々、すごく不安になるの」
足を抱えた腕に、耐えるように力がこもる。
「ヨシュアを探す為にここまで来たけど…その足取りは全然掴めてない…本当に見つけられるのかな…って」
いつも前向きな彼女が珍しく弱音を吐く。
「…なんて、らしくないね…」
そう言って、弱弱しく笑う彼女。
―いや。
彼女は本当は優しい女の子なんだ。不安に陥る事は何も不思議じゃない。
ただ前に一歩でも早く進みたくて、無理をしてる。
急く気持ちは誰よりもわかってる。だけど。

「それで良いと思うよ、ロゼット」

え、と顔をあげるロゼットに小さく微笑んだ。
「どんな事もずっとは続かない。変わらないものなんてないさ」
ゆっくりと立ち上がって、青い空を見上げる。
「それでも君が不安で、押しつぶされそうなら―」
こちらを見上げたままの、空のように青い瞳を見下ろして笑った。
「僕が、傍にいるよ」
手を差し出す。
驚いた顔がその手を見つめ、次いでこちらの顔を見つめてくる。
微かに頬が染まったように見えるけど、自分の影でそれは確かにはわからなかった。
差し出した手に、少し躊躇ったロゼットの手がそっと重なる。
ぐいっと引っ張れば、見下ろしていた彼女の青い瞳が、わずかに自分より高くなった。
もう背を越されたなと少しの悔しさを感じていると、不意に握られた手が引っ張られていく。
それはナゼか湖へと向かっていき―
「え、ちょっ、ロゼット…!?」
派手な水しぶきと音が湖に響き渡った。
ずぶ濡れで身体を起こして、引きずり込んだ犯人を睨みつける。
同じようにずぶ濡れの彼女は、さっきまでの不安な顔は何処へやら。
自分の仕掛けた悪戯の成功に、無邪気な顔で笑っていて。

―うん、やっぱり。

子供のように笑うロゼットにつられ、怒りはあっさり笑いへと変わっていた。

inserted by FC2 system