恋とは、なんて


私は確かに、レジェンズに恋をしていた。

それは憧憬に近いものだったけれど、胸の高鳴りや、満たされるような幸せな気持ちは確かなもので。
これを恋と言わず、何と言うのか。
だから、レジェンズであるウインドラゴンのシロンにも憧れていたのだ。レジェンズという存在として。 それが、いつからレジェンズではなく『シロン』として意識し始めたのだろう。
出会った時から?会話を初めてした時から?DWCを調べろと言われた時?それともデートをした時から?
確かにデートをして、そこで子供たちをこれ以上巻き込まないでと、傷つけないでと約束した時には、シロンとの2人だけの約束に浮かれたりもした。
ああ、だから約束を破ったシロンが許せなかったのか。
恋はキラキラしているだけではない。苦しかったり、悲しかったり、胸が痛かったり、憎らしかったりもするのだろう。それを知ってもなお、嫌いになれないのならば。全て含めて、恋、なのかもしれない。
それならー

私は、きっと…彼に恋をしている。


ぼんやりと考え事に耽ってしまっていたようだ。
気が付けば賑やかだった子供たちの秘密基地、その屋上が静かになっていた。
時々、子供たち…いや、それは建前で、ハルカはシロンに会いに訪れる。
今日もそうして訪ねてきて、レジェンズクラブのクラブ活動と言う名の子供達の遊びを、眺めていた。
先生は何しにここに来るんだー?なんて以前にシュウに聞かれた事がある。まさかシロンに会いに来たとストレートに言えるわけもなく、クラブ活動には顧問が必要じゃない?という苦し紛れの言い訳を、素直にシュウは受け入れてくれたので、こうして堂々と遊びに来れるのである。
まぁ、ここは秘密基地。子供の遊び場。大人の自分は、そう頻繁には来れないけれど…時々、シロンに会いたくなって来ている事は誰も知らない…はず、だ。
メグやマックやディーノがなにやら意味ありげに笑いかけてくるのが気にかかるけれど…
レジェンズたちにも『ああ、シロンならあそこだぜ』とか言われるけど…
…あれ?もしかしてバレてる…?
深く考えることは止めておいたが、どうやら今も余計な気を回されたような気がする。
屋上には、シロンと二人だけになっていた。
どういう経緯でそうなったのかは、ぼんやりしていたせいで分からないが…ともかく、今はシロンと二人きりなのは確かだった。
こっそりと隣に座るシロンを見上げる。彼は空を眺めながら、眠そうに大きなあくびをこぼしていた。時折、吹き抜けて行く風に目を細める横顔を、ぼうっと眺めていた。
そう言えば、2人きりになるなんて久しぶりかもしれない。しかも、こうしてお互いのんびりと過ごしながらと言うのは、あの時以来で。そう考えついて、ハルカはなんだかソワソワしてきた。
「ん?どうした、カワイコちゃん?」
落ち着かない様子に気付いてシロンが、こちらに顔を向け問い掛けてきた。
「あ!い、いえ…その…こうしてゆっくりと2人きりになるなんて、シロンさんとのデートの時以来だなぁって…思って…」
「あー…そうだな…」
「なんかあの時を思い出して、ムズムズすると言うか照れてしまうと言うか」
「照れる?」
落ち着かない気持ちを、手を合わせたり指を動かしたりして紛らわせながら、答える。
「だって、デートなんて言いながら、前半はシロンさん忘れて遊園地で一人で楽しんじゃって、なにしてたんですかね私。ああ~思い出したら恥ずかしくなってきた~」
あの時の自分を思い返して、思わず立てた膝に顔を埋める。ホントに何をしていたのだろうか、あの時の自分は。浮かれるにも程がある。
「デートなんて初めてだったんだろ?」
「それはそうなんですけどぉ…改めて思い返すと、ダメダメでしたね」
慰めの言葉をかけてくれるシロンを見上げ、あははーと照れ笑いしながら、でもーと続ける。
「でも、シロンさんの背に乗ってブルックリンの空を飛んだのは、今でも最高の思い出です」
「…そうか」
目を細めて、あの空を思い出す。
夕暮れに染まるブルックリンの空と街。その空を、憧れだった本物のレジェンズの背に乗って飛ぶなんて、人生で最大の幸せだと言ってもいい。
まあデートは建前で、シロンにお願いをしたかったからという理由が大きくて、少し苦い思い出でもあるが…あの瞬間は本当に最高だった。
あの時の景色を思い返していると、シロンがじっとこちらを見下ろしていて、こちらも見上げ返して首を傾げる。
「…また、乗るか?」
「え?」
思いもしない誘いにきょとんとシロンを見つめる。…それはシロンの背に乗って空を飛ぶと言う事で。またあの景色が見れるのか、と思わず身を乗り出した。
「え!良いんですか!?嬉しい!!」
勢いよくそう返事をすると、シロンはなぜかちょっと苦笑を返してきた。その顔に再びきょとんと見返す。
「ん?なんです?」
「いや、なんでもない。んじゃ、行くか」
「へ?どこへ?」
彼が立ち上がるのを、首を傾げながら見上げていると、その手がこちらに伸びてくる。そしてそのまま、お構いなしに身体を掬い上げられると、彼の背中にポイッと放られた。慌てて背中にしがみつくと同時に、バサリと翼が広げられる。
確かに乗るか?とは言われたけども…
「い、今からですか!?」
「ああ、アイツら待ってるのも暇だし、なっ」
そう言って翼を羽ばたかせると、風が巻き起こって彼の身体が浮いた。
「きゃっ!」
唐突な風と浮遊感に思わず目を閉じてしまい、恐る恐る開けた時には、すでにニューヨークのビル群は遥か下に見えていた。
澄んだ青空を白い翼が駆ける。目の前に広がる絶景に歓声を上げた。
「うわぁーやっぱり素敵ー!」
夕暮れにはまだ早いが、まるであの時のデートの再現だ。また彼とこうして空を飛ぶなんてーと、そこまで考えて気が付いた。
「あれ…?あの時と同じ…って事はコレって、デート…?」
ポツリと呟いた言葉はシロンに聞こえていたようで、少し呆れたように、でも何処か楽しげに返事が返ってきた。
「ようやく気付いたか、カワイコちゃん?」
「えええっ!?」
肯定されて、驚きに声を上げる。
という事は、このデートはシロンから誘われた事になるのでは…?シロンが自分をデートに…
ボンっと顔が一気に熱くなった。
「は、初めてデートに誘われました…」
「そうか」
満足そうな声が返ってきて、また顔が赤くなる。けれど、嬉しさもこみ上げてきて、見られてないのを良いことに、顔が緩んでニヤけてしまった。片手でニヤけ顔を抑えていると、急にぐんっと飛ぶスピードが上がって、慌ててシロンにしがみついた。
「シ、シロンさん?」
「ちょっと遠くまで飛ぶか。しっかり掴まってろよ」
「あ、安全運転でお願いします…!」
なんだかテンションが上がったらしいシロンに思わずお願いすると、楽しげに笑い返された。
「ちょっと荒っぽい方が楽しいだろ?」
「うひゃあああー!!!」
急に高度上げたと思えば、回転を加えて急降下する。緩やかに旋回して一息ついたのも束の間、ぐんぐんとスピードを上げてくるりと宙返りをする。まるでジェットコースターに乗っている気分だ。もちろん加減はされてるだろうが、それでも必死になって掴まるしか出来ない姿に、シロンはそれはもう楽しそうに笑って空を駆け回った。
連れ回されるこっちはたまったものでは無いが、そんな楽しそうな顔をされると、だんだんとこっちも楽しくなってきてしまう。そのうちに悲鳴は笑い声に変わっていき、時折歓声を上げながら彼との荒っぽい空中デートを楽しんだのだった。

そうして日が傾き出した頃、秘密基地に舞い戻り、シロンの背中から飛び降りた。
まだレジェンズクラブのメンバーは戻って来ていないようだ。それとも、もう夕暮れだし、先に帰ってしまったか。ともあれ、秘密基地の屋上には誰もいなかった。
「楽しかったか?」
シロンに問いかけられて、彼を満面の笑顔で見上げる。
「ええ!とっても!!」
その答えに、彼は嬉しそうに目を細めた。
「そりゃ、良かった」
「ふふ、ちょっと…いえ、かなり荒っぽい飛び方だったけど」
「でも楽しかったろ?」
「はい!ありがとうございました、シロンさん」
改めて彼を見上げてお礼を言う。
そしてちょっとだけ視線をずらして、気恥ずかしくて声が小さくなりながらも、デートの感想も伝える。
「シロンさんとのデート、本当に楽しかった…」
改めてデートだったのだと思うと、なんだか顔が熱くなってくる。本当にとっても楽しくて素敵なデートだった。だから、出来るなら…
「また…私とデート、してくれます、か…?」
真っ直ぐ彼を見上げるのが照れくさくて、上目遣いでおずおずと問い掛ける。
夕暮れに照らされて、彼の白い身体がうっすら橙に染まっている。けれど、その瞳だけは綺麗な澄んだ青色で、こちらをじっと見下ろしていた。その姿に自然と見惚れてしまうが、見つめられている事と、返事を聞くのがなんだか落ち着かなくて、すぐにシロンから視線を外してしまう。
すると、彼が動く気配がした。
すぐ側に気配を感じた瞬間、顔に何かが触れて、それが彼の大きな指だと気づいた時には、くいっと顔を彼の方へと向かされていた。彼に触れられて、びっくりして動きが止まる。
「…シロン、さん?」
まっすぐに見つめられて、目が離せない。顔に触れている手が優しく頬を撫でてくる。どうして良いかわからず、無言で息を潜めて彼を見つめる事しかできない。
「…ああ、またデートしような」
ふっと笑いながら、スルリと頬を撫でられて顔の熱さが増した気がした。
さっきまで飛んでいた、澄んだ青い空みたいな瞳が、近くで覗き込んでいる。
あれ、こんなに近かっただろうか…でも、吸い込まれそうな綺麗な色だなぁとぼんやりと見つめ返していると、その空色がどんどん近づいてきた。
あと少しで、それに触れそうになった瞬間。

「…チッ」

舌打ちが聞こえたと思ったら、空色は遠ざかっていった。
きょとんとそれを見送っていると、なにやら賑やかな声が近づいてきた。
「あー!いたいた、でかっちょ!おめーどこ行ってたんだよ!」
「あ、ハルカ先生も一緒にいるんだな」
いつもの3人が屋上にやってきた。ディーノとレジェンズたちはいない。ディーノとGWニコルは先に帰り、他のレジェンズはカムバックされているのだろう。
「二人でどこか行ってたんですか?」
メグの問いかけに、はっと我に返った。答えに詰まっていると、代わりにシロンが答える。
「デート」
「はぁっ!?」
簡潔で明快な答えに、シュウが大声を上げて反応する。マックとメグは思わずといった風に顔を赤らめた。
「デートって、お前!またか!ハルカ先生美人バージョンとまたデートか!?」
「ああ」
しれっと肯定してシュウがムキーっ!と騒いでいる。
「デートって、どこへ行ったんですか?!デートってなにするんですか!?」
さすが女の子、メグがキラキラした瞳で聞いてきて、思わずたじろいだ。
何をするって…何を…と考えて、さっきまで間近にあった空色を思い出す。そしてシロンへと視線を向けると、その空色の瞳とばちりと合う。
「あ…」
撫でられた頬に手を当てる。あの空色が触れそうなくらい、間近にあったという事は―
「ーッ!?」
顔が燃えそうなくらい、一気に熱くなった。
「そ、それじゃあ、みんな!私、先に帰るわね!!気を付けて帰るのよ!!じゃあ、また学校で!!!」
一息に子供たちに告げると、脱兎のごとく秘密基地から飛び出した。
視界の端に呆気にとられる子供たちと、意味ありげに笑って見送るシロンが見えて、叫びだしたいのを堪えて自分のハーレーに飛び乗り、エンジンをフル回転させて走り去ったのだった。

「先生、顔真っ赤だったわ…」
「どうしたのかな?」
「お前、なんかしたのか?」
「…(お前らのせいで)なんもしてねーよ」



「ああ…びっくりした…」
赴くままにバイクをかっ飛ばして、ようやく落ち着いところで、バイクを止めてヘルメットを外して一息ついた。
ここから、ブルックリンブリッジがよく見える。
日はすっかり落ちていて、街の灯りに色付いた、ブルックリンの夜空。
少し前まで、あの空を2人で飛んでいた。また、デートしてくれるとも言ってくれた。
そして、頬に手を当てる。
優しく撫でられた感触を思い出して、胸がドキドキして顔が熱くなる。そして触れる寸前まで近づいてきた、空色をしたシロンの瞳。あのまま、子供たちが来なければ、どうなっていたのだろう。それを考えて胸がソワソワして落ち着かなくなった。
彼は…どう言うつもりであんな事をしたのだろうか。都合よく解釈しても良いのだろうか。彼もまた、同じ気持ちで居てくれてるのだろうか…勘違いではないだろうか、そう考えて不安になる。
気持ちが一定しない。不安に揺れたり、嬉しくなったり、苦しくなったり、ドキドキしたり。
「これが、恋、なのかしらね…」
ならば、なんと面倒で厄介で、胸が躍るものだろう。思わず笑いをこぼして、もう一度夜空を仰いだ。
ああ、また胸の鼓動が騒ぎだしてきた。
落ち着かない恋心を抱えたまま、もう一度ヘルメット被り直すと、夜の街へバイクを走らせたのだった。

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