カネルドウインドラゴン

「ホント、パパってばよくぞこんなに集めたわね、レジェンズの資料」
父親の書斎の本棚を眺めて、ハルカは独りで呟いた。
数多の本棚に、隙間なくずらりと並ぶレジェンズの古文書や資料は圧巻である。けれども余りにも多く雑多に仕舞われているせいで、どこにどの資料があるのか分からなくなっていた。
ここにある資料はだいたい目を通しているはずだが、何せこの量だ。もしかしたらまだ見てない資料があるかもしれない。そうでなくても、改めて見返せば何か閃きや発見があるかもしれない。
という事で、初心に返って整理ついでに調べ直している最中なのだった。
結局、レジェンズが何なのかは未だによく分からない。文明の黄昏時に現れ幕を引く者。地球の守護者。戦いの為に…レジェンズウォーの為に生まれた存在。本当にそれだけの存在なのか。
「まだまだ分からない事だらけね…」
途方もなさに小さくため息を一つ。そして首を巡らせて、ハルカは一際大きな古文書『螺旋の書』に手を伸ばした。まだこれも全てを解読していない。
まずはこれを読み解くべきか…と、デスクに置いてパラパラとめくる。ルーン文字を目で追い、既に読み解いた懐かしい文言に、当時を思い出しながら次々とめくっていく。
そしてあるページで指が止まった。
「渦巻く風と吹き抜ける風、対を成す二つの風がぶつかりし後、真に一つの風が生まれる」
記述を指でなぞりながら、読み上げる。
「カネルドウインドラゴン…その心は黒き翼を包み込み、その翼は世界を変える…」
「二つの風の織りなす螺旋は、新しき竜の産声」
開いたそのページには、いつかのCEO室で見たカネルドウインドラゴンと思われる竜の姿絵の写しを挟んであった。それをそっと指で撫でる。
「そう言えば…シロンさんとランシーンはカネルドウインドラゴンになったのよね…でも、再会した時の姿はこの描かれた姿だったけど、あれは確かにシロンさんだったわ…」
あの時会話したのは、姿は違っていたが紛れもなくシロン本人だった。
けれど、ランシーンはいなくなった訳ではなく、ジャバウォックに取り込まれかけた時に現れハルカを助けてくれた。
その際、シロンは元の姿に戻っている。という事は、やはりカネルドウインドラゴンはシロンとランシーンが一つになった姿だったのだ。
「あー!それなら二人の意識ってその間どうなってたのかしらー!カネルドウインドラゴンってどんなレジェンズなのかしら!趣味とか嗜好とか変わるのかしら!気になるー!」
文献にはそう言う事は書いてない。しかし、本物が目の前にいるのだ、これは直接聞いた方が早い。そうとなれば善は急げ。
「直接聞きに行こー!!」
本棚の整理の事はすっかり頭から追いやられ、もはや新たな目的に占められているハルカは早速愛用のハーレーに飛び乗って、子供たちの秘密基地へと走り出したのだった。


意気揚々と乗り込んだ秘密基地には、シュウとメグ、マックがいて、シロンとランシーンはネズミ姿で各々くつろいでいた。
苦手なネズミの姿にちょっと頬が引きつったが、今はそれより聞きたいことがある。
「シュウくーん!シロンさんとランシーンとお話ししたいのー!リボーンしてくれるー?」
離れたところからウインク付きでお願いすると、シュウは二つ返事でリボーンしてくれた。
何故かメグにチョップされていたが。
ともあれ屋上に場所を移して、改めてシロンとランシーンと向き合った。
「んで、カワイコちゃん?聞きたい事ってなんだ?」
「ええと、シロンさんとランシーンがカネルドウインドラゴンになってた時の事を聞きたくて!」
すると、シロンの面倒そうな顔が返ってきた。後ろで無言で見ているランシーンも、心なしか面倒そうである。
「あぁ?カネルドウインドラゴンになってた時のことだぁ?」
「かねるど…?」
シュウがハテナをいっぱい浮かべて首を大きく傾げていた。そんなシュウをメグがチョップしながら疑問に答える。
「あんたが42話で合体?させてたでしょ。私たちは43話で初めて見たけど」
「メタ発言なんだな…」
「ああー!あの偉そうな格好の奴か!」
「偉そう?…シュウくんたちはカネルドウインドラゴンに会った事あるの?」
「ああ!偉そうな格好で偉そうな事言っててよ、全然俺の話を聞かねーし、嫌な感じだったぜ!」
「ランシーンさんみたいだったけど、なんだかちょっと怖かったんだな」
「戦いの事しか考えて無いみたいだったわ…」
子供たちの話ぶりから、カネルドウインドラゴンはシロンやランシーンとは違う性格だったようだ。違う存在になったからだと言う事だろうか。
「…そうだったの。やはりカネルドウインドラゴンがレジェンズウォーを司る存在なのね」
地球を救うために、行き過ぎた文明を破壊し滅ぼす。人間の心の闇が産み出したジャバウォックとの戦争。それがレジェンズウォー。
その戦いの将がウインドラゴンという存在なのか。
そうならば…
「ええー!気になるわぁー!!カネルドウインドラゴンってどんな性格なのかしら!」
思わず興奮し始めると、シロンが呆れた顔になる。
「相変わらずだなぁ、カワイコちゃん」
「レジェンズの事は何でも知りたいの!まあ、レジェンズウォーがまた起こっては欲しく無いけど、レジェンズファンとしてカネルドウインドラゴンに興味があるわ!!」
子供達もハルカの熱気に呆れている。
そんなハルカをせせら笑うランシーンが口をはさんできた。
「カネルドウインドラゴンはレジェンズウォーのためだけに有るような存在だ。頭の固い面白味の無い性格だろうな。おそらくお前に質問攻めされても、何一つ答えはしないだろう」
ランシーンが笑い含みに言ってきたが、ハルカはその推測に関心の声を上げた。
「へぇー!真面目で寡黙な性格って事ね!」
そう言うと何故かランシーンは渋い顔になっていた。
「他には?何か覚えてる事はない?好きな食べ物とか、何時に寝るのかとか!」
「そんな事聞いてどうするんだ…」
もっと色々聞きたかったが、あいにくランシーンも知らなかったようなので、元の質問に戻る。
「話が反れたわね。改めてカネルドウインドラゴンになった時の事が聞きたいのだけど」
「あー…」
歯切れの悪いシロンの返答に首を傾げると、彼は頭を掻きながら続けてきた。
「俺はその時の記憶はねぇんだよ…いや、記憶が無いってのは正しくないか。何が起こったのかは理解はしているが、実感がないって感じだな」
「んー?実体験が無いのに記憶があるって事?」
「そんなもんだな。あの姿になる前に黒水晶のレジェンズと戦ってたんだ。風のサーガとそのお袋さん守って戦って、けど守りきれなくて…その辺りから俺としての意識が飛んでてなぁ…そんで色々あって、俺の意識が戻ったっつー感じだな」
そのシロンの意識がある状態で再会したと言うのが、当時の出来事らしい。
「それじゃあ、ランシーンは?どうだったの?」
「そうだな…私も何が起こって何をしたかは覚えている。シロンが意識を取り戻した時、曖昧だった私の意識もはっきりとしたが、主導権はシロンだったからな。その後の事も奴の目を通して見ていた。私は消えていた訳でも、眠っていた訳でもなかった」
ランシーンもシロンと同じような感じだったという事か。
という事はカネルドウインドラゴンとなっていた間は―
「貴方達の意識は消えた訳ではないのね?」
ハルカの疑問にシロンはうーんと唸る。
「ああ、そうだな。うーん…うまく説明出来ねえけど、意識に相乗りしてたって言うか…」
「意識が融合するのだと思っていたが、どちらかと言えば重なってたと表現するのが一番近いな」
ハルカは2人の回答にふむと考える。
「一つにはなったけど、二人の意識は消えていない…どちらかの意識が主導権を握っていた訳ではなく、カネルドウインドラゴンとして動いていたと言う事は、シロンさん達とは別人格になったように思えるわ…文献には『対を成す二つの風がぶつかりし後、真に一つの風が生まれる』と言う記述があって、その後に『二つの風の織りなす螺旋は新しき竜の産声』とあった。だから私はシロンさんとランシーンが一つになって完全なウインドラゴンに生まれ変わるのだと思ったのだけれど…」
螺旋の書の内容を思い出しながら呟いていると、ランシーンがその呟きに待ったを掛けた。
「ああ、その解釈が間違いなのだ。元々、我々は一つの存在。真に一つの風が『生まれる』という表現には合わない。それに新しき竜でもない。元に戻ったと言うのが正しい。ただ…」
「ただ?」
「不完全な形で呼び覚まされたせいか、私とシロンに分かれてしまった事で、我々の存在が個として確立してしまったのなら…もはやカネルドウインドラゴンは私たちとは別の存在になっているのかもしれない」
「なるほど…だから本来のカネルドウインドラゴンに完全には戻れなかったのね。その推論興味深いわ。」
結局分からない事が多いが、レジェンズというのは本当に知れば知るほど、その存在の謎が深まっていく。それがまた探究心をくすぐられてワクワクしてくるのだ。
「うーん!考えれば考えるほど興味深いわ…!カネルドウインドラゴンに会って色々聞いてみたかったわー!」
好奇心を抑えきれない顔で騒いでいると、ランシーンが鼻で笑う。
「良いのか?あの時は元に戻ったが、もし次があったとして戻れる確証はない。コイツに会えなくなっても良いと?」
「コイツ言うな」
「え!あ、いや…そう言うつもりじゃ…単純に興味があるだけで…」
「クク…冗談だ」
ランシーンは意地悪く笑っていたが、確かに彼の言う通りだ。あの時は完全にカネルドウインドラゴン戻らなかっただけで、次があればあるいは…
そこまで考えて、視線を落とした。
「でもそうよね、カネルドウインドラゴンになるって事はシロンさんもランシーンも消えてしまうかもしれないって事よね。…シロンさんやランシーンに会えなくなるなんて、もうそんなの絶対に嫌よ。2度目は耐えられないわ…」
だから、このもしも話は止めようと顔を上げると、何故かシロンもランシーンもそっぽを向いていた。
「あ!ご、ごめんなさい!自分が消えるかもしれないなんて、良い気分の話じゃないわよね!」
「い、いや…」
「…」
気分を害してしまったのだろうか。慌てて謝るとシロンは小さく息を吐き、ランシーンは軽く咳ばらいをした。
ウインドラゴンたちの不自然な挙動に、ハルカは首を傾げるのだった。


「よくわかんねーけど、ハルカ先生はあの偉そうな奴に会いたいのか?」
それまで話についていけずに居眠りしていたはずのシュウが、唐突にそんな事を聞いてくる。それにシロンとランシーンが微妙な顔になった。
「そうね、会えるなら会ってみたかったわ。直接色々聞きたいし…って、そう言えばどうやって、カネルドウインドラゴンになったの?シュウくん、覚えてる?」
そう言えば、その辺りの経緯は全く知らない。シュウに尋ねると、うーんと思い出すように首を捻る。
「んー?なんか気が付いたら、アンナちゃんと空飛んでて、そしたら俺が風でブワァー!ってなって」
シュウは一旦そこで言葉を切ると、シロンの手を引っ張る。怪訝な顔をするシロンに構わず、今度はランシーンの手を引っ張って来て、その上に重ねさせた。
ウインドラゴン達が嫌そうな顔をしていたが、その上にシュウがバシーッと自分の手を叩きつける。
「そんで空から俺が、でかっちょとわるっちょの手をこんな感じてばしーっとしたら合体したんだ!」
正直、何を言ってるのか全然理解できなかったが…単純にシロンとランシーンがひとつになればカネルドウインドラゴンになるのだと思っていたが、風のサーガであるシュウの力も必要だったのだろう。サーガの力もなかなかに興味深いものである。
「へぇ…ここに手をね…」
ハルカもそこへ近付いて、シロンとランシーン、そしてシュウの手が重なるその上に、そっと手を重ねてみた。
その瞬間。
風がザァッと一瞬渦巻いて、ハルカの周りを吹き抜け髪を舞いあげる。慌てて押さえた頃には、風は通り過ぎて何事もなかったように凪いでいた。
あまりもなタイミングにハッとしてシロンとランシーンを見上げたが、特に何の変化も反応もなく。ただ風が吹いただけのようだ。
「そうなんだよー!なんかよくわかんねーけど、コイツら合体したんだよなー」
シュウは先程の風など何も気にする事なく、会話を続けて来たので、ハルカもそれ以上気にするのは止めにした。
…まあ、何も起こる訳ないか。
少しだけがっかりしながら、髪を手で軽く直した。
「シュウくんがいれば、またカネルドウインドラゴンになれるって事かしら…」
まじまじシュウを見ながら呟く。
「勘弁してくれ、俺はもうごめんだぜ」
シロンはシュウとハルカ、ランシーンの手を払いのけて、ぷらぷら振る。ランシーンも同じように、自由になった手を埃でも払うように振っていた。
「ハルカ先生が会いたいって言ってんだしよ、べつにいいじゃねーか!」
シュウが笑いながらシロンとランシーンの腕をペシペシ叩く。お気楽なシュウにウインドラゴン2人は揃って大きなため息をついていた。
その光景に笑うハルカの髪を、再び風が撫でるように吹いていた。


その夜、ハルカは夢を見た。
「ん…?あれ?ここは何処?」
そこは一面、真っ白な世界。立っている地も白ければ、見上げた空もほとんど白に近い薄い青色をしていて、これまた白い雲が風にゆっくりと流れていた。
「これ、夢よね?」
現実味のない空を眺めていると、足音が背後から近づいてきた。
振り返れば、それはジャバウォックの中で出会った時のシロンの姿だった。
「あ!シロンさーん!!」
見知った姿に手を振りながら駆け寄ろうと数歩進むが、違和感に思わず足を止めた。
その身に纏う雰囲気があの時と違う。姿はあの時と一緒だと言うのに、何故かとても近寄り難い。
「あ…」
威厳のある姿。背には三対の翼。文献で見たカネルドウインドラゴンの姿そのもの。それがゆっくりと目の前に立った。
「お前が、ハルカ・ヘップバーンか」
平坦な声が話しかけて来る。
ああそうか、瞳の色が違うのだ。威圧感のある、鋭い光を湛えた金の瞳。それが真っ直ぐこちらを見つめている。
「…『私』があれほど心を傾ける者がどんなものかと思ったが…」
カネルドウインドラゴンはこちらを見下ろし、独り言のように何かを呟いていたが、ハルカは震える唇を開く。
「あ…」
漏れた声に、無言の視線が向けられる。

「貴方がカネルドウインドラゴンね!!!!!」

突然の大声にカネルドウインドラゴンが一歩引いた。そんな姿に構わず、ハルカのマシンガントークが繰り広げられる。
「いやーん!!私ったら夢にまで見るなんて!さっすが、私ー!シロンさんの顔でシロンさんじゃないのが変な感じだけど!まあ夢だからいっか!」
「え…何、うるさ…」
「それに夢でも良いわ、これは願っても無いチャンスよ!!ああっ何から聞けば良いかしら!?」
「待て、話を…」
「あっ!!凄いわこの衣装とっても上質な素材ね!それに意匠がとても凝ってて威厳たっぷりだわー!へぇー!ここはこうなってるのね、ふむふむ、なるほどー!」
「ちょ」
「あ!あのぉ!カネルドウインドラゴンさん!!質問良いですか?!私、貴方に聞きたいことがいっぱいあるの!!!ええっと、そうねーまずは…」
キラキラと瞳を輝かせながら周囲をぐるぐる回って姿を観察しながら質問するハルカに、カネルドウインドラゴンは勢いに負けたのか、先程の威圧感が消失している。
ランシーンは答えないだろうとか言ってたけど、どんな質問にも言葉少なに律儀に答えてくれていた。
ただ時折、探るような値踏みするような、そんな視線でじっと見つめてきていた。
考えてみれば、カネルドウインドラゴンは文明を破壊する側の存在。地球を守護する彼らにとって、地球を汚す人間は害悪でしかない。ならば、ハルカにだって良い感情を持っていないだろうに。
そう考えたら言葉が途切れてしまい、しばらく沈黙が落ちた。
そっと見上げれば、カネルドウインドラゴンはハルカの言葉を待つように見下ろしている。
「…貴方は、人間が嫌い?」
不意の問いに、カネルドウインドラゴンの瞳が険しいものになった。
「我らは地球の守護者。人間は…人間の心はジャバウォックを生み出す恐ろしさはあれど、我らは人間自体を憎みはしない。何故なら人間もまた地球の一部なのだ」
淡々と、レジェンズを率いる存在としての模範的な答えが返ってくる。
「…貴方自身は、どうなの?」
彼自身の答えを聞きたくてもう一度尋ねる。
「そこに私の好悪は関係ない」
切り捨てるような答え。関係ないと言ってはいても、彼からは少なくない嫌悪感を感じ取った。それに少しだけ寂しさを禁じ得ない。
「…そう」
改めて思い知らされる。
やはり、カネルドウインドラゴンはシロンとランシーンとは別の存在になっているのかもしれない。
少なくともシロンからあのような嫌悪感を向けられた事はない。ランシーンも皮肉な物言いをするが人間を嫌っている訳ではない。同じ顔、同じ姿なのに、性格も考え方も違う。ランシーンの推測通りなのかもしれない。
そうだとするならば、これは…本当に…

「本当に興味深いわ…!」

手をパンッと叩いて抑えきれない興奮と共に叫ぶと、目の前のカネルドウインドラゴンが唖然とした顔になった。
「…は?」
これは考察のしがいがありそうだ。あの螺旋の書をもう一度調べねばなるまい。特にカネルドウインドラゴンの記述がある辺りを。解読出来てない部分に何か新しい発見があるかも知れない。ますますレジェンズという存在に興味をそそられてしまう。
まぁ、とりあえずまだ聞きたい事があるのでこの考察は一旦置いておこう。
ハルカは自己完結すると、カネルドウインドラゴンを再び見上げた。
「そんな事より、他にも聞きたい事があるのだけれど!」
「そんな事…」
なにやら気落ちしたような顔に見えたが、構わず質問を再開するのだった。

そうして怒涛の質問攻めを終えたところで、今度はカネルドウインドラゴンの方からこちらに尋ねてきた。
「…なぜそこまで、我々の事を知りたい?」
その問いにうーんと唸る。理由は色々あって説明しきれないが、とりあえず。
「そうね…貴方が人間が嫌いでも、私はレジェンズが大好きなんです」
最大の理由はコレに尽きる。
「だからレジェンズの事は、なんでも知りたいの!それに、まずは貴方達の生活や性格を知る事で、分かることもあるんです。今までは文献からそれを推測する事で、仮説を立て検証していたけれど…」
ビシッとカネルドウインドラゴンを指差す。
勢いに少しビクッとしていたように見えるが、構わず言葉を続ける。
「でも、ほら!今ここに実在するのよ!聞くのが一番よ!私も結局レジェンズについてわかってない事が多いし。それと、一番の理由は…」
胸元に手を当て、ふっと微笑む。
「私が直接貴方から話を聞きたいの。だって、こうして顔を合わせて会話が出来るのよ。これってとっても素敵な事だと思わない?だから、夢であろうと嫌われていようと、私は目の前の貴方とお話したいわ」
そう笑って見上げて、ハッと我にかえる。
長々と一方的に喋ってしまい、彼は気分を害したのではないかと恐る恐る見上げたが、予想に反して先程より雰囲気が何故か柔らかくなっていた。んん?と首を傾げていると、呟くような彼の声が聞こえてきた。
「…なるほど、この真っ直ぐさは眩しいものだ」
「え?」
何やら声色が好意的になっている。ますます首を傾げる自分にカネルドウインドラゴンは語りかけてくる。
「ハルカ・ヘップバーンよ、私はあの2つに分かれたウインドラゴンの本来の姿なのは知っているな?」
「え?ええ…それが?」
今更な事実確認に、質問の意図が分からず更に首を傾げる。
「つまりは、2つの意思が合わさった存在とも言える」
「そうね」
「ならば」
カネルドウインドラゴンが側に寄り、身を屈める。そして、スッとこちらに顔を寄せてきた。
まさかの近距離に思わず身を引こうとすると、三対の翼が包むように覆い被さってきて、さらには装飾の施された長い尾が足元を囲う様に回される。
戸惑って見上げると、無表情だったカネルドウインドラゴンの口元に薄く笑みが浮かんでいた。
「2つ分の想いは一つになるのか、それとも倍に膨らむのか。どちらだと思う?…ハルカ」
「ひゃっ!?」
低く名を囁かれて思わず変な声が出た。距離を取ろうと後ろに下がると、回された足元の尾につまづいて仰向けに倒れそうになる。
そこを翼にやわらかく受け止められ、ハッと見上げれば大きな顔が触れそうなくらい間近にあった。スルリと頬を爪先でなぞられる。
どうする事もできず、どうして良いかも分からずにいる間に、どんどん近づいて来た。
「あ、あの…!ま、待…っ!」
あと少しと言うところで、受け止められていたはずの身体が唐突に解放されて、一瞬の浮遊感を味わう。そして、そのまま後ろに頭から勢い良く転がり落ちた。
「あいたーっ!」
思ったより強く後頭部を打ってしまい、目の前がチカチカする。涙目で頭をさすりながら起き上がると、何故か膝をついて項垂れるシロンとランシーンが目の前に居た。カネルドウインドラゴンの姿はない。
「あれ?シロンさんにランシーン?元に戻ったのかしら?」
彼らは揃ってこちらを見ると、盛大にため息をついた。
「あっぶねぇ…ッ!!いくら俺自身でも別人格だろッ?!」
「まったく油断のない…まさか興味を示すとは…」
何やら悪態らしいものを各々つぶやいている姿に首を傾げ眺めているうちに、目の前に靄がかかり意識が薄れていったのだった。


「って言う夢を見たのよー!我ながら熱心すぎよねー!」
シロンとランシーンに昨夜見た夢の話をすると、なぜか揃って苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「いや、まあ、アレも俺だしな…」
「だが、まさかあの様な反応をするとは…予想外だ」
「つうかお前、2つ分の想いってなんだよ?」
「ふん、だったらなんだと言うんだ?」
「てめぇ…」
何故かケンカが始まり、慌てて仲裁に入るハルカであった。

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