「 Trick or Treat?」


突然降って来た言葉に、ハルカはきょとんとした瞳を返した。
「シロンさんに、シュウ君?」
「よう、カワイコちゃん」
「よっす、ハルカせんせー!」
見上げた視界に大きな影が映って、それがシロンとその背に乗ったシュウだという事に、すぐには気がつけなかった。
何故なら、彼らはいつもの姿ではなく、奇妙な格好をしていたからだ。
シュウは黒マントに付け耳、付け尻尾、付け牙をした狼男の姿、シロンは血糊などで汚した包帯でぐるぐると巻かれてミイラ男に仮装していたのだった。
それを一瞬疑問に思い、直ぐに自己解決する。

「そういえば、今日はハロウィン?」

街中に仮装した子供達が溢れ、お菓子を要求して周るお祭りの日だ。
元々は悪霊を追い払う為のお祭りなのだが、現在では仮装を楽しむ日となっている。

きっと彼らも、そんなお祭りを楽しんでいるのだろう。
いつものメンバーもきっと仮装して楽しんでいるのだろうと思うと、微笑ましくて思わず笑みが零れる。

「トリック オア トリート!」
返事をせずにいたので、もう一度焦れたような声が降って来た。
見上げれば、可愛らしい狼男に変装したシュウが、催促するように手をこちらに差し出して、もう一度同じ言葉を繰り返した。
一瞬それをきょとんと見返して、ハッとその意味を理解した。
「あ!そうね、お菓子ね」
「そーそー!ハルカせんせー、早くお菓子くれよ~」
「ちょっと待っててね…」
急かされてバッグの中を見る。キャンディーくらいは確か持っていたような気がするが…
ごそごそと探ってみるが、どうも見当たらない。どうやら今日に限って忘れてしまったようだ。
「あー…、ごめんね。お菓子持ってないわ」
「ええー!」
小さな狼男は、不満を隠そうともせず、頬を膨らます。
「それじゃあ、負けちまうよー!」
「…負ける?」
シュウの言葉に首を傾げると、解説するようにミイラ男なシロンが口を挟んできた。
「クラブのメンツと、お菓子の量を競い合ってんだ。お子様らしい競争だよな」
呆れたような説明に、シュウが抗議をする。
「勝負は勝負だ!負けてらんねーよ!!」
そんなサーガの意気込みに肩を竦めたシロンの姿に、ハルカはくすくすと笑いを零した。
「前もって言ってくれれば、お菓子をたくさん用意したのに。ごめんね、シュウ君」
「まぁ、無いもんはしょうがないか。それじゃあ―」
そう言って、シュウは不敵な笑みを浮かべてこちらを見てきた。
ああ、なるほど。お菓子がないから、悪戯をしようという訳だろう。
そういうイベントだし、お菓子をあげなきゃ悪戯するとの宣言つき。甘んじて受けようと、苦笑しながら悪戯を待った。
だが小さな狼男は、どんな悪戯にしようかと何やら悩んでいるようだ。
「なーでかっちょ、どーするか?」
「どうって…俺に聞くなよ」
相談されてシロンは面倒そうに、聞くなと手を振ってアピールする。
「俺とお前はチームだろー!?悪戯の内容も、勝負の一部なんだからな!!」
どうやら、悪戯の程度も勝敗を左右するらしい。

「シロンさんも、私に悪戯するの?」

ふと思いついた疑問をただ口にしただけだったのだが、その言葉にシロンの動きがピタリと止まった。
なにやら面食らったようなシロンの表情に、思わずきょとんとして見返すと、一拍置いて我に返った彼は何故か首を振りながら溜息をついた。
そしておもむろに、シュウをその大きな手で覆い隠すように押さえつける。
「シロンさん?」
「ちょ…!おいっ、でかっちょ!!なにすんだよ!!」
大きなシロンの手の下から抜け出すことが出来ず、シュウは当然のごとく大騒ぎしていたが、シロンは解放する気がないようだ。
あれでは、身動きどころか、何も見えなくなっているだろう。
そんな彼の唐突な行動の意図が読めず、首を傾げて見守っていたが、不意にその瞳がこちらに向けられた。
ん?と思うのも束の間、シロンの大きな顔が、目前に迫ってきた。
そして低い声音が、耳元で囁く。

「…なぁ、どんな悪戯されたい?カワイコちゃん」

わざとらしく、首筋にその鼻先を摺り寄せて。
湿った何かが首筋を撫でた感触に、思わず言葉を詰まらせて、身体を強張らせた。

「…なッ…!?」

目を見開いて首筋を押さえた時には、その大きな顔は涼しい顔で離れていく所だった。
「し、し、しろ…さ…ッ!い、いま…ッッ!?」
これ以上ないくらいに、真っ赤な顔で首筋を押さえて後ずさる。
まさに悪戯っぽい瞳が、さも楽しげにこちらを見下ろしている姿に、恥ずかしさと憤りを感じて何か文句の一つでも言ってやろうと思うのだが、動揺しすぎて口をパクパクさせる事しか出来ない。

「いーかげんにしろっつーの!!!!――ってアレ?ハルカ先生、どーしたの?」
そうこうしているウチに、シロンの手から逃れたシュウが、こちらの異変に気づいて首を傾げてくる。
だが、正直に今のことを話せるはずもなく。
「お前の代わりに、悪戯しておいた」
心底楽しそうに、そして意味ありげな視線をこちらに寄越しながら、シュウにそう説明するシロンの尻尾を、悔し紛れに踏みつけてやった。

痛がる彼の声を聞きながら、胸の内で密かに誓いを立てた。
ハロウィンの日には、絶対お菓子を持ち歩くのを忘れてはいけない。

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