デートは貴方色の姿で


ねずっちょ姿のシロンはいつものように、隠れ家の定位置である小窓に寝転がっていた。
今日は快晴。風が心地よく流れ込み、気温もちょうど良い。
澄み渡るブルックリンの青空を、うつらうつらしながら眺め、サーガ達の賑やかさをBGMに絶好の昼寝日和を満喫している最中だった。
その心地良さに身を任せ、本格的に眠りに落ちかけた時、それを邪魔するように、下の方から言い争うような声が風に乗って聞こえてきた。
こんな人通りの少ないところで、迷惑な通行人がいるものだと、目を擦りつつ不機嫌な顔で下を覗き込んだ。
遠くて分かりにくかったが、どうやら男2人に女が1人。男が女を逃げ道を塞ぐようにして立ち、女はそこからどうにか離れようとしていた。
状況を察するに痴話喧嘩かナンパか。女が困ったように逃げ腰に見えるので、後者か。
あまり気分の良いものではないなと、観察していたが、風に乗って届いた声にぴくりと反応する。
聞き覚えのある声に、女の方を凝視する。
金髪を結い上げていて、白いシャツに青いスカート姿。
「ガ…?」
遠目で顔は良く見えないうえに、見慣れない姿ではあるが…あの声は聞き間違えはしない。
「ンカガ!!」
文字通りに飛び起きる。

―ハルカが、知らない男にナンパされている。

その事実に怒りが湧き上がってきた。
助けに行かなければ。今すぐに。 だが、今のねずっちょ姿ではなんの力にもなれない。
すぐさまシロンはシュウの頭に飛び乗り、その髪を思いっきり引っ張った。
「ガガ!」
「いきなり何だよ、ねずっちょ!いてーな!って、あでででで!なにすんだ!」
察しの悪い風のサーガの髪を、ぐいぐい引っ張り小窓の方へ誘導する。
「シロン、どうしたんだな?何か見えたのかな?」
「ガッガ!ガガ!」
察しの良いマックの助言に大きく頷いて、小窓へ飛んで外を指差す。
「外に何かあるみたいよ?」
「ああ?外?見れば良いのか?」
メグの言葉に渋々シュウが小窓から顔を出す。マックとメグももう一つの方から外を覗く。
「なんだよ、何が見えるんだ?」
シロンはそのぼけっとしたシュウの髪を掴み、思い切り顔を下へ向けさせる。
「いでででで!引っ張んな、ねずっちょ!!」
「ねえ、下に誰かいるわよ?」
メグにつられて、シュウとマックも下を見る。
「んー?あ!ハルカ先生!しかも清楚系美女バージョン!!」
「なんか、男の人に絡まれてない?ナンパかしら…」
「先生、困ってるんだな」
マックの言葉にことさら、シュウの頭で暴れる。
「ガガーガガ!!」
「いて!いてて!なんだよ!ガガガじゃ何言ってるかわかんねーよ!!」
本当に察しが悪くてイライラする。こっちは早く助けに行かねばならないのに!
腹いせに思い切り噛みついてやる。
「いてぇー!!??噛みつくな!!!つーか、めっちゃキレてねーか、ねずっちょ?!」
痛みにジタバタするサーガにさらに力を込めて噛みついてやる。そんな姿にメグが何やら察してくれてたようだ。
「ああ、そっか。シロンが怒るの当然でしょ。早くリボーンさせてあげなさいよ」
「へ?なんでだよ?」
「いーから、とっととやる!」
すかさずメグのチョップがシュウの顔にヒットする。相変わらずキレが良い。
「へぶっ!チョップすんなよ!!わかったよ!」
シュウはようやくタリスポッドを取り出して、渋々と構えた。
「ほら、シロン、カムバック!リボーン!」
リボーンされると同時に子供たちに脇目もふらず、シロンはハルカの元へと急降下した。
巻き起こった風に煽られて、子供達があわあわしていたが、今は構っていられない。
そして、ハルカを囲む男どもの背後にドスンと重い音を立てて着地した。

その音に2人の男共は振り返り、そして唖然とした顔でこちらを見上げてきた。ハルカの方もキョトンとした顔で見上げてきた。
「シロンさん?」
ゆっくりと身を起こしながら、ギロリと男どもを見る。
1人の男の手がハルカの肩を掴んでいるのが見え、思わず眉間にシワを寄せた。
その男の前に足をドンと踏み出して顔を突き付けると、男は恐怖に引きつった顔でのけ反り、ハルカから手を離した。
「おい、てめーら」
ひっと情けない声が漏れ聞こえる。

「…俺の女に、何か用か?」

凶悪な顔で睨み付けながら問うと、男どもは真っ青になって震え上がり、悲鳴をあげながら一目散に逃げていった。
これで目障りなものを追い払えたと、ふんと鼻を鳴らして見送ってハルカの方へ顔を向ける。
「ハルカ、大丈夫か…?」
無事を確認しようと彼女を見ると、ハルカは俯いてフルフルと震えていた。
「って、どうした?アイツらになんかされたか!?」
思わず彼女の側にしゃがみ、怖い思いをしたのかと心配しながら顔を覗き込むと、予想に反して真っ赤に染まった頬が見えた。
ん?と思った瞬間、その赤い頬を両手で押さえながら、ニヤけるのを我慢するような顔がこちらを見上げてきた。
「し、シロンさん!い、いま!お、お…おれ、の…おんな…って…!」
そこまで言って、ハルカは顔を手で覆い隠してキャー!と照れてもじもじし出した。
「お、おう…」
さっきの発言に照れているだけだったのかと肩透かしを喰らうが、何事も無くて良かったと胸を撫で下ろす。
別に事実を告げただけだが、今更照れる事だろうか。まあ、その照れ顔も悪く無いのだが。
くねくねと照れるハルカはさておき、彼女の格好をまじまじと見る。
いつもとはちがう格好。
まとめて結い上げた金髪に飾られた、羽根をモチーフにした髪留め。
白いノースリーブのシャツに、青空みたいな色のフレアスカート。
耳と首元を飾るアクセサリーには青い石がアクセントについている。
美人なのも相まって、清楚な服装なので黙って立っていれば、良家のお嬢様と言った雰囲気だ。
さっきみたいな男に絡まれるのは無理もない。面白くはないが。
それにーと、シロンは目を細めてハルカを見る。ここまでコーディネートされていると、流石に気付く。
シロンはいまだ照れてるハルカへ顔を寄せると、その耳元で良い声で囁いてやる。
「その格好…俺の事、意識してるよな?良く似合ってるぜ、ハルカ」
もっと照れさせてやるつもりだったのだが…
その言葉に見上げてきたハルカの顔がぱぁっと華やかに綻んで、頬を染めたまま嬉しそうに笑った。
「ほんと?良かったぁ…」
予想外の反応に、驚いて息を呑んだ。
自分を意識した姿で、自分に笑いかけてくるハルカ。それが何よりも眩しく見えて、目を細めながら、その笑顔にそっと手を伸ばし指先で頬を撫でた。彼女がくすぐったそうに笑う。
「シロンさんの事、考えながら選んだの。ママにも見て貰ったけど、あまりこういう服着た事無くて…不安だったから、そう言って貰えて嬉しい」
可愛い事を言ってくれる。
そうしてまで、ここに来たという事はー
と、そこまで考えた所で、子供たちが降りてきた。
「ハルカ先生!大丈夫ですか?」
メグが心配して駆け寄ってくる。シュウとマックも続いてやってきた。
「あら、上から見えてたの?ええ、シロンさんが追い払ってくれたから、大丈夫よ。ありがとう、メグさん」
「シロンがすごく慌てて飛んで行ったから、そんなに危なかったのかなって…」
メグの言葉にハルカが思わずと言った感じでこちらを見上げてきたので、つい目を逸らす。
クスッと笑われたので、照れ隠しに頭を掻いていると、シュウがデレ~っとした顔でハルカの側に寄ってきた。
「そんな事より~ハルカ先生~そんな格好してどうしたんですか~?」
目をハートにして、ハルカのいつもと違う姿にデレデレしているシュウに、思わずメグと共にムッとする。
メグがチョップを繰り出すより早く、尻尾で足払いを掛けると、シュウは途端に派手にすっ転び、転がした犯人に気付いて怒鳴ってきた。
「痛ってーな!!なにすんだよ、でかっちょ!」
「べつに」
ぎゃいぎゃいと騒ぐシロンとシュウを気にせず、マックものんびりと会話に加わってきた。
「ハルカ先生、その服とっても似合ってるんだな。何処かへ出掛ける途中だったのかな?」
マックが褒めながらも疑問を口にすると、その言葉にハルカはハッとなにかを思い出したように声を上げた。
「あ!そうだった!私、デートの申し込みに来たの!!」
デートの単語にピクリと反応する。シュウも何故かビシッと背筋を伸ばして反応していた。メグは呆れ顔を向けていた。
ハルカは手で簡単に髪を整え、服を軽く払って身を整えると、背筋を伸ばして改めてこちらを見上げてくる。
「え、えっとぉ…私とデートして下さい!シロンさん!!」
意を決して申し込まれた誘いに、フッと微笑んだ。外野がまたかー!と騒いでいたが、きっぱりと無視して、ハルカを見下ろした。
「ああ、もちろん良いぜ」
自分の為に着飾った恋人の誘いを断るはずなどないのに、承諾の返事にハルカはホッと安心の息をついて、嬉しそうに顔を綻ばせた。
「それじゃあ、何処に行きましょうかー?」
ハルカはバッグから、いつぞやのデート必勝法なる本を取り出すと、何処が良いかしらーとペラペラとめくっては唸っていたが、その姿をお構いなしに掬い上げる。
ハルカは小さく悲鳴を上げて慌ててこちらの腕にしがみ付くと、その拍子に本が落ちた。
「ああ、本が!」
「んなもん、必要ないだろ」
このウインドラゴンとデートであれば空中以外にないというのに。
「え、でもー」
何か言いたげなハルカを背に乗せる。しっかり背に乗ってしがみついたのを確認すると、バサリと翼を広げた。
「んじゃ、行ってくる」
子供達に告げると、マックはにっこり笑って手を振ってくれる。
「いってらっしゃいなんだな」
「まーたお前はハルカ先生とデートか!けっ!行ってこい行ってこい!」
「んもーシュウってば、拗ねないの!」
賑やかな子供達を後に、シロンはハルカとの空中デートへと飛び上がって行った。

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