その宝石は誰のもの


鬱蒼と茂る木々。深い森の奥に取り残された、滅びた文明の遺跡。
朽ちかけたその遺跡の奥に、二つの影があった。
「近いわね」
地図データを確認しつつ奥へと進みながら、ルージュは隣を歩むパートナーに向けて言葉を零した。
だが、相手は黙したまま、歩みを続けていて返事は無い。
無愛想なのはいつものことなので、特に気にせずに進んで行くと不意に広い空間に出た。
先ほどまでの空間との違いに、ルージュは思わず足を止めて感嘆を漏らした。
この遺跡が機能していた時代であれば豪奢であっただろう、美しく繊細なレリーフ。
今まで進んできた通路とは一線を駕す、床に使われている上質な石の質感。
朽ちかけた今であっても荘厳さは失われていない、見事な造りの内装だ。これだけでも遺跡の価値は高いだろう。
だが、それがどんなに荘厳な遺跡であっても、自分にとっての価値あるモノはただ一つ。
それは広間の奥、祭壇の中の小さな台に鎮座する、この空間で何よりも美しく輝く存在。
「やっと見つけたわ、アタシのカオスエメラルド」
甘い声音でその名を囁いた。
その言葉に、隣のパートナーは呆れた小さな溜息をあからさまについて、浮かれた自分を窘めてくる。
言外に込められた意味を悟って、顔を顰めた。
「わかってるわよ!仕事だってことぐらい」
シャドウをひと睨みして、本来の任務へ意識を戻す。
全く、頭の固い男だ。やれやれと息を吐きつつ、報告の為に通信回線を開いた。
「―GUN本部へ報告。ターゲット確認しました。これから回収します」
それだけ短く伝えて通信を切ると、さっさと任務を終えるべく、目標へと近づいていった。
静まり返る遺跡の中には、二人分の足音が響き渡る。特に、自分のヒールの音は石の床にコツコツと反響している。
その音を聞きながら、ルージュはカオスエメラルドの置かれた祭壇の方へと歩み寄っていくが―不意にシャドウが足を止めた。
そして辺りを見回し、何かを探るような仕草を見せた。
「――……」
「どうしたの、シャドウ?」
それを尋ねた直後、異変は起こった。
先ほどまで静寂に包まれていた遺跡内に、地鳴りのような音が響いてくる。
「な、何ッ!?」
段々と近づいてくる音源を求めて耳を動かし視線を巡らせると、地鳴りと共に唸り声のような何かが聞こえてきた。

「うぉりゃああああああっ!!!!」

雄たけびと共に、凄まじい破壊音。それと同時に遺跡の壁が突如崩壊した。
砂埃と瓦礫から姿を現した存在を認めて、思わず呻き声を上げていた。

「―なッ!?」
「あッ!?」

向こうもこちらに気が付いたらしい。見覚えのある赤い奴が険しい顔でこちらにドスドスと寄って来た。
面倒な奴が現れたものだ。正直な気持ちを、ため息に込める。
「テメェ、コウモリ女!なんでここにいやがる!?」
「それはこっちの台詞よ、バカモグラ」
顔の通りに語気も荒く寄ってくる男に、負けじと睨みと文句を返してやる。
「バカとはなんだ、バカとは!?」
「あら、事実でしょぉ?」
「んだとッ!?」
思いっきりバカにした顔で言ってやると、面白いくらいに顔を真っ赤にして怒鳴り返してくる。
予想通りの反応に、ついつい任務を忘れてからかってしまう。
バカ正直に反応していたハリモグラだったが、こちらが完全に遊んでいるのにようやく気付いたのだろう、治まりきれない怒りを無理やり落ち着けて、鋭い睨みと憎たらしい言葉を吐き出した。
「―フン。構ってられるか。…お前のことだ、宝石に目が眩んで、盗みにきたんだろ」
「失礼ね。アンタのお遊びと一緒にしないでちょうだい!ねぇ、シャドウ?」
バカにした笑いと共に、それまで静観していた隣のシャドウに同意を求めたが、彼は関係ないとばかりに無表情に立っているだけだった。
今のやりとりに時間の無駄をするなと文句の一つでも言いそうだと思ったが、予想に反して無言でこちらを見ているだけの姿に、少々首を傾げる。
そんな自分たちを一切気にも留めない赤いハリモグラは、イライラとした口調で反論しながら上座の台へと向かっていった。
「言ってろ。俺は俺の仕事を済ませるからな」
仕事がなんなのか、聞くまでもない。ターゲットは同じだ。
あの青いハリネズミと黄色の子ぎつねちゃんと共にカオスエメラルドを集めているって所か。
と言うことは、Dr.エッグマンが不穏な動きをしているというGUNの情報は間違っていなかったらしい。
「ちょっと!冗談じゃないわ!アタシのお宝、横から掻っ攫おうなんて、許さないわよ!」
ハリモグラよりも早く翼で飛び上がり、ルージュは一気にカオスエメラルドへと近づいた。
「あ!待ちやがれ!」
「鈍いのよ、バカモグラ。ウフ、いっただき~♪」
上げられた拳をひらりと交わして、ついでにハリモグラの顔面を踏みつけると、その反動を利用してカオスエメラルドの鎮座する祭壇の手前へ降り立った。
後で罵声を上げて倒れる男の声は、聞こえないふりをして、宝石と向き合う。
台座のある場所は、広間の最奥、数段高くなっていて、三方を壁で囲まれた神聖な宝石を祀る祭壇になっていた。
この不思議な宝石の神秘的な輝き。いつ見てもため息が出るほど美しい。
高エネルギーを生み出す物体だのなんだのと言われて、いろんなモノに狙われている宝石だが、純粋にこの神秘的な美しさを愛でたい自分にとって、やっかいな付加価値でしかない。まぁだからこそ、魅力があるとも言えるが。
「どうして、ドクターもGUNもみーんな、この美しさを理解しないのかしらねぇ~」
全くもって不思議である。真の美しさを知る自分だけが、この宝石を手にする権利があると信じて疑わない。今は雇い主であるGUNの為に手に入れるが、本当はこのままどこかへ持ち去りたいくらいだ。
まぁ、そうならない為にGUNは保険を掛けてるのだが。
ちらりとシャドウを見てため息をつきながら、世界一美しい宝石へと向かう。
とりあえず今は、あのハリモグラよりも先にカオスエメラルドを手に入れるのが先決だ。
奥まった台座へと歩み寄り、カオスエメラルドに触れた瞬間、シャドウがハッと声を上げた。
「待て!迂闊に触るな!!」
シャドウの鋭い忠告に思わず身体が怯む。その拍子に、カチリとスイッチらしきものを踏んだ感触。
しまった、と思った時にはすでに遅かった。
「!?」
突如として、横の壁から細く鋭利な石の槍頭が無数に出現する。
宝物を狙う盗賊から守るべく、遺跡のトラップが発動しはじめたのだ。
―油断しすぎた。
トラップの確認もせずに獲物に触れるなんて、あるまじき失態だ。
「ぼーっとすんな!避けろ!」
ナックルズの声で我に返り、寸での所で石槍を交わした。
だが、そのせいで体制が崩れた。動かした視線の隅に、新たな石槍が出現したのを、冷や汗混じりに見つけた。
「―ッ!!」
頭は反応しても、間に合わない。
必死に身体を転がして避けたが、避け切れなかった槍に足を射抜かれた。
「うぐ…ッ!」
瞬間に走った激痛に足がもつれ、その場に倒れ込む。
その衝撃にまた新たな仕掛けが起動し始めて、自分を狙ってくる嫌な予感がする。その前に退避しようと、なんとか起き上がろうとするが、石槍は深々と後ろ腿に突き刺さって動かすたびに激痛が走る。
「何してんだ!さっさと逃げねぇかッ!!」
「―っ、うるっさいわね!」
ハリモグラの怒声に叫び返すも、焦りと痛みのせいでうまく動けない。
そんな自分の真上から微かに土埃が落ちてきて、思わず視線を向けると、予感は的中だった。
自分の真上の天井部分に無数の石槍が出現していた。しかも広範囲だ。石同士が擦れる音と、それに伴ってパラパラと破片が落ちてくる。このままでは天井が落ちて串刺しになってしまう。
せめて飛んで逃げなければと翼を広げるが、立ち上がらなければ飛び上がれない。
足から走る激痛に体勢が整わず、容赦なく地鳴りのような唸りを上げて、石槍付きの天井が迫ってきた。
コロリとカオスエメラルドが転がる。こんなにも美しい宝石が目の前にあるというのに、情けない。
助からないならせめてと、求めてやまない存在へ手を伸ばした。
「ルージュ!!」
自力では避けられないルージュの姿に、ナックルズが鋭い声を上げ動き出すのが視界の端に見えた。
だがそれよりも早く、ナックルズの横を駆け抜けて行く黒い影が見え、それとほぼ同時に衝撃が自分の身を襲った所で、ルージュの意識は途絶えてしまった。


「くっ!」
轟音と共にあがる土煙。ナックルズは顔を腕で庇いながら、辺りをうかがう。
「お、おいッ!大丈夫か!?」
鎮まった後に現れたのは、ルージュを抱えたシャドウの姿だった。
「―!」
一歩踏みだした姿勢のままでいたナックルズは、とりあえず無事な姿に内心ほっとして緊張を解いた。
シャドウはルージュを抱えたまま崩れた祭壇から離れ、腕の中の気を失ったままの彼女を伺っている。
そんな二人の姿を見ていると、ナックルズは何故か、なんとなく、面白くない気分になった。
苛立ちを隠せないまま、ルージュへ応急処置を施すシャドウの元へ近づく。
「全く、有能なトレジャーハンターが聞いて呆れるぜ。トラップもロクに回避できないなんてな」
憎まれ口を叩くナックルズにシャドウは一瞥し、手当てを終えてルージュを抱え直した。
「だが、彼女は獲物を手に入れたようだ」
意識を失っているルージュの手には、しっかりとカオスエメラルドが握られているのを見つけ、ナックルズは目を見開いた。
「―あ!カオスエメラルドは、お前らに渡さないぜ!」
思わず声を上げたが、冷静な赤い瞳が制してくる。
「先に手に入れたのは彼女だ」
もっともな言い分にぐっと言葉に詰まるが、それで引くわけにはいかない。こちらの獲物も、ルージュが手にしている宝石なのだ。ソニックやテイルスに宣言した手前、手ぶらで戻るのはトレジャーハンターとしてのプライドが許さない。
「こっちにだって、そいつが必要なんだよ!」
「ならば、力ずくで手に入れるか?気を失った彼女の代わりに僕が受けて立とう」
予想外に鋭い視線に見据えられ、ナックルズは思わず身を引いてしまった。
「!」
敵意を感じて身構えたが、当のシャドウは視線を腕の中のルージュへ戻す。
「―と、言いたい所だが。彼女にはすぐにでも手当てが必要だ」
シャドウの言うとおり、応急処置をしたとは言え、ルージュの足は酷い出血をしている。深く突き刺さったままの石槍が痛々しい。
確かに早急な手当ては必要だ。だが、そのまま行かせる訳にも行かない。
「ま、待ちやがれ!」
行くならエメラルドを置いていけと、この遺跡から去ろうとするシャドウの肩を掴んで引き留める。
だが、振り払われて先程よりも鋭く苛烈な瞳に睨まれた。
「邪魔をするなら、容赦はしない」
「―ッ!?」
シャドウの殺気にも似た苛立ちに威圧され、ナックルズは大人しく引き下がる事しか出来なかった。

「くそッ!」



「ん…シャドウ?」
浮上する意識と共に、揺られる感覚に目を開けると、シャドウに抱えられて移動していた。
「気が付いたか。回収ポイントまではすぐだ。痛みはしばらく我慢しろ」
シャドウは少しだけ視線を向けたが、直ぐに進行方向へ顔を向けた。
自分の失態と痛みを思い出し、気が落ちる。
「…うん。ごめん、ミスっちゃったわね…トレジャーハンター失格だわ」
暗い声に、淡々と反論がくる。
「いや、目標は回収できた。問題はない」
まるで慰めるような言い方に、思わず彼を仰ぎ見る。そして手の中の硬質な存在に気づき、視線を手元に落した。
「え?そうなの?―ってホントだわ。気絶しても握りしめてたのね私」
自分の現金さにちょっとだけ笑った。そのお陰で少し気分が持ち直した。
「…あーもう、最悪。あのバカモグラの前でこんな失態晒すなんて。いい笑いものだわ。だいたい、アイツも逃げろとか言う間に助けに来なさいってのよ」
「……」
茶化す様に失態を語ると、さっきとは裏腹にむっつりと黙ってしまった。
「…?ねぇ、シャドウ。そろそろ回収ポイントよね。降ろしてくれていいわ」
「…気にするな」
「え?いやでも、もう待つだけだし…」
「……」
「(なんか、機嫌悪いわね…)」
その原因がわからず首を捻る。これ以上言っても無視されて、聞き入れてはもらえ無そうだ。
まあいいかと、考えるのを諦める。
「…それじゃ、お言葉に甘えるわ」
それならこっちも好きにさせてもらおうと、シャドウの胸に改めてもたれかかると、彼も腕に力を込めて抱え直した。
正直、痛みと失血で眩暈がしている。
緩やかに意識が遠のいていく自分の頭頂部に何かが触れた気がしたが、それを確かめる前に意識を手放した。

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